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2009年12月15日火曜日

帰国

夫が約2年間の任務を終わらせ、共に帰国しました。

思い起こせばこの2年間、ブログに書ききることができないほど本当にいろいろなことがありました。英語の苦手な私は最初の頃あいさつもろくにできず、伝えたいことも伝えられず悔しい思いもしました(今でも苦手ですが。。。^_^;)そして、生活に少し慣れてきた3ヶ月目、初めての旅行先で事故に遭い、その後の6ヵ月間はリハビリ中心の生活でした。

まだ、マラウイ生活を1年も過ぎない頃、月に1度楽しみにしていたアジア婦人の会の代表となり、それまで付かず離れずしていた日本人社会とも近くなった気がします。会をまとめるなかで、多くのことを学ぶことができました。

また、ミシンの使い方もわからなかった私が、友人の開催するソーイング教室に毎週通いました。最初の作品が「ぞうきん」だった私が、最後には夫のパジャマや自分のデザインするスカートまで作れるようになりました。これも、懇切丁寧に教えてくれたMさんのお陰です。ありがとうございました。

1年10ヶ月間、通ったマザーテレサの家の孤児院、たくさんの子どもたちに囲まれ、愛らしい目で見つめられ、私自身が子どもたちから多くの愛情をもらった気がします。

1年5ヶ月間、週1回家に英語を教えに来てくれたフェニー、同年代ということもあり、一緒に旅行したり、ご飯を食べたり、泊まりに行ったり、そしてマラウイの文化や現状をたくさん教えてもらい、マラウイの問題についてもたくさん話し合いました。

自分が栄養士としてボランティアができる場所が探せずにあきらめていた赴任1年後、アメリカのNGOでマラウイに赴任してきた方が私の経験を受け入れてくださり、一緒に活動することができました。教材作りが途中までしか出来なかったのは心残りですが、将来、完成品をみるのが楽しみです。

2年間、家を守ってくれたお手伝いのグレイさん、アイロンがけは超一流でした。帰国前に習おうと思っていたのに、バタバタとしてまったくできずに残念でした。そして、ドライバーながら美味しい豆腐を毎週作ってくれたマイケル、ありがとうね。

2年間、もうお腹一杯、しばらくいいわ(笑)。と思えるほど楽しく充実した日々をマラウイで送ることができました。これも夫をはじめ、支えてくださった皆さんのお陰だとつくづく思います。これからも遠くから、マラウイの方々の幸せを祈っています。ありがとうございました。

2009年12月7日月曜日

船便出発

1週間後に日本に帰国し年末年始を過ごした後、来年からスリランカへの赴任が決まった。今日は、スリランカに送る荷物をいくつかまとめたので、私たちより一足早く!?荷物が出発である。

夫の職場の方が通常使用するアナカンはヒトと荷物の目的地が同じでなければ使用不可とのことで、日本に一旦帰る私たちは郵便局の船便(飛行機便なし!)を選択した。郵便局員が言うには「3週間で着く」とのことだが、果たして本当だろうか(-_-)! ましてもうすぐクリスマス、3週間後と言わなくても、せめて私たちがスリランカに赴任して少し落ち着く頃の2ヵ月後くらいに到着してくれることを願う。

それでも、マラウイに赴任する前にスリランカに赴任していた友人に言わせると「マラウイからスリランカに物を送ったら後悔するで」とのこと。そう、スリランカは何でも手に入りしかもマラウイよりも日本よりも安いらしい。“のりたけ”などの食器は日本の物をスリランカで作っているので、良質でしかも安いという。うーん、その一言でかなりスリランカに荷物を送ることを悩み詰め直し、最終的に日本から持ってきた思い出の食器に絞った。ということで、箱の中身はほとんど本やDVD、CDなど日本のもの、そしてここで一目ぼれした木彫りたちである♪

では、スリランカでの再会を願って、いってらっしゃい\(^o^)

2009年12月6日日曜日

最後のマラウイゴルフコンペ

今月、私たち夫婦ともう一人の職場の方が帰国するため、フェアウェルゴルフコンペを開催してもらった。私はCチーム。今日のハンディキャップは夫婦揃って15をもらった。少し曇り空ではるが、暑いこの時期には最高の天候であった。

一打目から先ず先ずの当たりで、気持ちよくスタートした。今日はパーを取れなかったものの、ボギー、Wボギーと比較的安定し、out 53/ in 53、トータル106という満足のいく結果であった。

さて、全員が終了後の結果発表「もしかしたら3位くらいは取れるかな~」と思っていたら、最後になんと“優勝”してしまった。思い起こせば、最初に参加したゴルフコンペはルールも打ち方も知らずに180も叩いてしまったが、この2年弱でよく成長しました(笑)。一緒に遊んでくださった皆様、ありがとうございました(*^。^*)

2009年12月5日土曜日

食事会@日本大使公邸

マラウイは日本人在住者が200人ほどしかおらず、日本人会や日本人学校もない。そして日本大使館は昨年開館したばかりなのである。私は夫の仕事の立場上、そして自分自身も先月までアジア婦人の会の代表を務めていたことがあり、これまで別世界と思っていた大使公邸へは幾度となく足を運んだ。

今回は、もうすぐ帰国する4家族の送別会として、大使&大使夫人がなんと私たち家族を食事に招いてくださったのである。マラウイでは日本人同士のネットワークが小さいので、気軽に公邸に出入りしてしまったが、他の国であれば日本大使などは遠い存在で、あまりお見かけする機会はないのだと思う。

素敵な招待状をいただいた夫と私は、おめかしをして出席させていただいた(^_-)-☆この公邸のシェフは、某プリンスホテルで料理長をしていた方である。イタリアンが専門のシェフであり、イタリアンサラダ、トマトのポタージュ、フォアグラとバジルのパスタ、ヒレカツ、デザートとどれも素敵に盛り付けされ、日本のレストランのようであった。大使と大使夫人とも国際援助のこと、マラウイのこと、今後の進路のことと多くのトピックがあり、話が尽きることなく最後まで楽しく過ごすことができた。

貴重な思い出をありがとうございましたm(_ _)m

2009年12月4日金曜日

オイルショック

11月5日、夫の会社から「ディーゼルが無くなるらしい」と連絡を受けてから早1ヶ月が経過した。これまでも数回このような経験があったのだが、1週間ほどで解消されていたので、当初はさほど問題にしていなかった。それが今回は、かなり深刻な問題となった。

大本の原因は、マラウイ国内のUSDが不足し、燃料を購入できなくなってしまったとのこと。この国のマラウイクワッチャは海外では紙切れ同然、まったく価値をなさないのである。

そして11月末、ディーゼルのみならずガソリンまでもが不足し、とうとう新聞にマラウイのオイルショックの記事が掲載された。ガソリンを購入するために、ガソリンスタンドでポリタンクを持って眠る人たちの写真もある。今週、家のドライバーにガソリンスタンドの列に並んでもらったのだが、4時間ほど並んで、たったの5リットルしか買わせてもらえなかった。ほんの3日ほど前に満タンにしてもらい、念の為並べるときに並ばせたつもりが、事の重大さに驚きである。

友人は、量の規制が始まったのをいち早くキャッチし、お手伝いさんとドライバーの二人に朝6時から並んでもらい、2人分確保したとのこと。おみごと!並んでいる手間隙を考えたら、ポリタンクで商売を始めた人から倍の値段でも購入する気でいたのだが、そのような、いわゆる闇の販売では水を入れられるときがあり、後のエンジンの寿命にかなり影響するというので、躊躇してできなくなってしまった。

今週は、ガソリン節約のためでできるところは徒歩&ミニバスで対応して乗り切った。夫の職場では集団出勤&帰宅で同僚と協力を始めた。昨日からはポリタンクでの購入は危険であり、政府から禁止令がでたために、並んだ車のみへの販売となった。そのため、ガソリンタンクが来る前日からガソリンスタンドには車の長い列がある。

来週は帰国前の最後の1週間、毎日外出しなければならない状態では、車も並ばせられない。最後の手段はガソリンの入ったレンタカーを使うしかなさそうだ。最後の最後まで悩ませてくれるマラウイである。

2009年11月9日月曜日

マラウイの花

マラウイのお花屋さんは花の種類が極端に少なく、ひどいときだとバラと飾り用の葉が数種類しか入手できない。それに比べると庭先や道路わきの木々は年間を通して私たちの目を本当に楽しませてくれるのである♪

先ず、マラウイアンに最も人気が高いのは“ジャカランダ”の花である。原産は熱帯アメリカであり、私がグアテマラに住んでいた頃も人々から愛されていた。マラウイでは9月から10月にかけて見事な紫色の花を咲かしている。マラウイの中央銀行の前などは、本当に桜並木のようで美しい(残念ながらマラウイでは政府系の建物の撮影は禁止されているので、ベストスポットで撮ることができなかったが)。

そのジャカランダが終わりに近づく頃、選手交代!と言わんばかりに火炎樹の真っ赤な花が咲き誇る。そう、丁度今の時期が最高である。私の家の近所は本当にたくさんの火炎樹の木々が並んでいる。




そして同じ時期に、名前は知らないが木のうえにたくさんのブーケが乗っかっているような花を咲かせる木がある。色は濃いピンクから薄い黄色と様々である。これがまた、これでもかというほどたわわに花を咲かせ、その色の付き加減がたまらなく可愛いのである。週末お客さんを我が家に招待したので、そのブーケのような花を食卓に飾ろうと、庭の花を刈ろうとしたら、思いっきり太い枝を折ってしまった\(+o+)/ということで、枝ごと玄関先に飾ることにした。ココナッツに似た甘い香りは通り過ぎるときに、思わずドキッ☆としてしまう。

そして、最後はまっ黄色の花を咲かせる木である。夫の出勤途中にずらっと並んでおり、またゴルフ場にもたくさんあるのだが、開花時期は新年が明けた頃である。来月帰国の私たちは、どうやらみることはできないだろう。。。

2009年11月2日月曜日

☆結婚記念日☆

11月2日、私たちが入籍してから2年が経ちました。この結婚記念日、夫の両親と同じ日に決めたのだが、まだ一度も一緒にお祝いができていません。いつか4人でお祝いするのが私のささやかな夢なのです。(夫が両親の結婚記念日を2日間違えて覚えていたので、危うくなんでもない日に設定するところでした(>_<) が、ぎりぎりセーフ(^o^)丿)

私たちの2年間はほんとあっという間、これからも身近な先輩を見習って夫婦で支えあって楽しく過ごしていきたいです。これからもよろしくねm(_ _)mということで、今から2人でちょっとリッチにお食事にいってきまーす☆

2009年10月31日土曜日

チャリティーバザー

今日は朝から曇り空、雨が降らないことを祈りつつ会場に向かうと、同じブースのほとんどの方が準備を始めていた。皆はりきっている様子。私たちの準備したテントが小さかったために、半分ほどのメンバーがテントの外になってしまった。運よく曇り空ではあるが、焼きそば、焼き鳥、サータアンダギーと火を使う私たちがテントの外になってしまい、ますます雨が降らないことを祈るしかなかった。

9時のスタートとともに、私ははりきってスイーツの行商にむかった。ひとつひとつのブースに挨拶に行き、会話が弾めばその場で商品を購入してもらえた。楽しみながら売り上げが伸びるとは、まさに一石二鳥である(^_-)-☆ 先ずは第一弾、ほぼ空になったカゴをぶら下げて足軽に自分たちのブースに戻ることができた。

その他には、寿司と緑茶、焼きそばと焼き鳥と販売していたが、どれも順調にお客さんをゲットできた。さすがに世界的な寿司ブームだけあり、寿司は昼前に完売である。またお昼が近づくと焼きそば、焼き鳥には行列ができたではないか。マラウイに日本食料理屋がない分、会場にきたお客さんは日本食に舌鼓(^v^)やっぱりお客さんの喜んだ顔をみるのが一番嬉しい瞬間である♪

チャリティーバザー全体では、今年は昨年よりもプログラムが多く組まれており、マラウイや中国、韓国、日本(エイサー&相撲)などが、それぞれパフォーマンスをしていた。ラッキーなことに私たちのブースはその正面に位置していたので、見学しながら販売もできた。本当にあっという間の1日であった。

最後に片付けを終え、スイーツ部門のスタッフで我が家に集合した。売り上げを計算すると私たちだけでMK12000の寄付金を集めることができた。あらためてイベントの効果ってすごい!と思ってしまった。これらの寄付金がマラウイのために有意義に使われますように!

2009年10月30日金曜日

チャリティーバザー準備

ここマラウイでは、年に1度大きなチャリティーバザーが開催される。夫の職場も毎年出展しているため、私は今回で2度目の参加となった。

なぜかマラウイで何かに参加すると、役員のようなものを仰せつかってしまう私は、今回も書記として1ヶ月前ほどから打合せを重ねるなど準備に取り掛かった。どうも、自由奔放にいると暇にみえてしまうのかもしれない。。。(-。-)

昨年の担当は緑茶だったが、今回はスイーツ部門担当となり、沖縄出身の方が提案したサータアンダギー(沖縄の揚げドーナツ)と私が提案したキャラメルポップコーンを販売した。なぜ、日本人がキャラメルポップコーン?と思うかもしれないが、以前北部のムジンバのバス停で屋台を開いたときに好評だったことと、手間が掛からない割に利益率が高いことから(7月のブログに掲載)、純粋に寄付金を集めるための選択である。

前日は午前中から、友人宅で上述した商品の調理に取り掛かった。材料を購入するに当たり、MK465/kgとMK90/kgのとうもろこしのどちらを使うか悩み、数日前に友人らに比較してもらったのだが、それでも迷っていた。結局前日も、両方を作成し最後に4:1くらいの割合で高品質なものと低品質なものを混ぜて使用した。

またキャラメルの作成も、インターネットで美味しいキャラメルポップコーンの作り方を検索すると、牛乳を入れるものがあり試作をしたのだが、味がマイルドになった分、香ばしさがぼけた感じになってしまったり、直接ポップコーンを弾かせるときに砂糖を投入するやり方を試みると、ムラができてしまったりで、最終的に砂糖を焦がして水を少し加える通常のカラメルソースの作り方に落ち着いた。

そんなこんなでおしゃべりをしながらの準備で、あっという間に日も暮れてしまったので、最後は家に持ち帰り、夫と一緒にパック詰めである。仕事から疲れて帰ってきたのにごめんなさい^_^;

2009年9月20日日曜日

国際映画祭in Malawi

映画館のないリロングェで国際映画祭が開催された。これは行くしかないでしょ\(^o^)/とプログラムをみながら夫と相談。この映画祭は各国大使館が提供する映画をCrossroads Hotelの講演会場で上映するというもので、日本はみんなのアイドル“ドラえもん”であった(*^。^*)

私たちは、フランスとスペインを悩んだ末、15時30分開催のフランス映画に決めた。内容はプログラムによると、第一次世界大戦中に、戦場に向かった夫から別れの手紙をもらった女性が、男性に扮して彼のもとに向かうというもの。おもしろそうでしょ!?

ということで、10分ほど前につき、コーラを買って劇場で始まるのを楽しみに待っていた。すると15時30分過ぎ、スタッフが来て「今から上映する映画のプログラムの内容は間違いで、○○○○という内容です。ではお楽しみください♪」といって去ろうとた。慌てて観客の一人が「タイトルはなんなんだ?」といったところ、スタッフからは「タイトルはそのままです」という回答。

私たちは最初に彼らの会話の意味が把握できずにいた。想像もしていなかったことなので、「???」のまま、映画を観始めて5分後、「これ、内容違うよね?」とやっと意味がわかり、会場の外にでた。スタッフにもう一度確認したところ、折角楽しみにしていた映画はやらないとのことなので、交渉の末、17時30分からのスペイン映画に変更した。

というか、チケットを買うときに上映内容が違うことは伝えるべきでしょ!映画館のないマラウイ人には、こういう日本人なら考え付く常識も常識ではないのである(@_@;)

最後に、“14km”という映画はなかなか面白かった。

2009年8月3日月曜日

初代大統領メモリアル

週末の昨日は少し気温も上がりドライブ日和♪
首都にある2カ所の初代大統領のメモリアルを夫とふたりで訪問した。

初代大統領のカムズ・バンダ氏(1898年ころ生誕)は、マラウイで小学3年生まで教育を受けた後に、ジンバブエ、ナタール(ターバン)、ヨハネスブルグで働きながら教育を受け、教会の支援により医学分野で博士号をアメリカで取得した。後にロンドンで開業しながらアフリカの教育支援をしていたが、1958年にマラウイの独立を目指すNAC(Nyasaland African Congress)のリーダーに成るべくして帰国した(マラウイを知るための45章参照)。

ここまで聞くとなんと素晴らしい人だろう。と思うのであるが、1964年の独立以降は独裁政治に目覚めてしまい、税金の無駄遣いや職権乱用を繰り返したために、国民の批判が高まり、1994年の選挙により政権が交代した。そして1997年の11月25日に亡くなったのである。

今回、最初に訪問した場所は、その大統領が眠るお墓である。彼が亡くなった翌月にこの建物に遺体が収められたとのこと。写真中央の階段をのぼると造花できれいに飾られたレプリカのお墓があり、本物はこの建物の下で眠っている。Visitor’s Bookを見ると、この日だけでも訪問客が50名ほどいた。独裁政治を行ないはしたが、マラウイの独立を勝ち取り、初代大統領として国民を率いたことは評価されたということなのだろうか。

次に訪問した場所は、2007年に建てられたばかりの新しい時計塔である。上まで登ったらさぞかし眺めがきれいそうであるが、残念、鍵がかかっていた。手前にあるバンダ初代大統領の銅像の立ち姿がユニークでなんだか笑ってしまった。写真屋さんが常駐していたので、大統領が右手に持っているものは何かと質問をしてみたが、「“力”の意味だ」といわれたが具体的には何かわからなかった。

リロングェは首都としては珍しく、美術館や博物館が見当たらない。今回訪問した2ヶ所が唯一歴史を感じられる場所ではないかと思う(少しだけね)。

2009年7月24日金曜日

石を産んだ女性

7月14日(火)の新聞THE NATIONのトップ記事が「ムランジェの女性が石を産んだ」というものだった。マラウイはこんな内容が新聞のトップを飾れるのである。

さて内容は、週末に陣痛が始まった女性(20)は、伝統的産婆さんの勧めにより、県病院に連れて行かれた。そして、そこの医師が取り上げたのは、なんと300gの石のような物体であった。

彼女は以前にも同じ経験をしている。そして今回、彼女が妊娠したときの伯父の言葉が波紋を呼んだのである。「彼女は石を産む」と。村長はこれを「黒魔術」として、その伯父を逮捕しようとし、夫と夫の母親は離婚を望むという。

「そんなアホな(゜o゜)。誰か調べてあげて」というのが、私の率直な感想であった。すると、今度は7月22日(水)の新聞に「石の子ども今日検査へ」という記事が出ていた。医師の仮説としては、子宮内の腫瘍か、石灰物の塊ではとのこと。なにはともあれ、検査をしてもらえることはよかった。よかった。でもそうなると気になるのは検査結果。次の日も新聞を買うことにした。

7月23日(木)。検査の結果、石はただの自然物であった。つまり、外部にある石を故意に入れたか、そう見せかけたのか。出産までの過程はわからないが、自然界に存在するただの「石」だったのである。まあ、いろいろな想像はできるが、検査結果に納得するのが日本人。

しかし、マラウイ人はさあ大変。新聞にはインタビューを受けた人たちのコメントがあり、「あれは黒魔術だと信じている」というし、夫の職場の人やゴルフのキャディーまでもが、「当たり前じゃないか、あれは黒魔術だ」というではないか。

マラウイでは、黒魔術は実在するそうである。。。

2009年7月14日火曜日

Japanese News

今朝は新聞を開いてびっくり\(-o-)/

マラウイの新聞“THE NATION”で日本の首相を拝めるとは思いませんでした。マラウイで外国のトップといえば、やっぱりオバマ大統領ですね。ほぼ毎週のように記事をみることができます。麻生さんが新しい首相に決まったときでさえ、新聞にのっていなかったのに、衆議院の解散についてでるとは、なんとも、、。
まっ取り合えず、記念として写真に収めておきました(上の記事には北朝鮮の金正日が、、、)

2009年7月13日月曜日

アルコール革命

日本では、4大酒企業のうちの2つ、キリンとサントリーの統合に向けた話し合いが話題となっている。経済に疎い私の心のなかでは、明治に創業してから使われているキリンのシンボルマークが消えて欲しくないなという思いと、世界に通用する企業となったら、海外で日本のビールが飲める機会が増えるかもという思いが交錯するのみである。

さて、私たちがマラウイで普段口にするお酒は、主に外国産では南アフリカのワイン、そして国内産ではブランタイヤに工場を持つデンマークの“カールスバーグ”のビールとなる。ビールの種類は豊富だが、私はもっぱら「グリーン」を愛飲している(アルコール度数4.7%)。333mlでケースだと1本約MK80、レストランでもMK200(約150円)前後で飲める。この国の酒税は安く、お酒はお手ごろ価格で購入できる。

ところが、そうはいっても安いと感じるのは自国と比べている日本人だからだろう。マラウイ人の多くにとって、ビールは手軽に購入できるものではない。そこで、地元の人が飲むアルコールは、マラウイ版の“どぶろく”がメインとなり、材料はミレット、とうもろし、サトウキビなどとイーストが使われている。中でも国から認可されているどぶろくは、工場生産された“チブク”というもので、赤青白の縞模様が入った牛乳パックのような容器で売られている。値段は1リットルMK70。タダなら飲むけど、お金を払って飲みたくない程度の味である。このシンボルカラーは目に着きやすいので、建物がこの3色に塗られていれば、すぐにそこが“チブクバー”であることが判断できる。

その他によく飲まれているのは、蒸留酒である。認可されている“マラウイジン”などは、ちょっとしたお土産として重宝されている。しかし、地元で飲まれているのは未認可の“カチャーソ”と呼ばれるもの。今回は、そのカチャーソ作りの現場に足を踏み入れた。

酒造りは、小さな小屋の中でおこなわれている。土器のような瓶にとうもろこしを搗精したときにでるカスと砂糖、イーストを入れ、寝かして置く。発酵した後は、それにふたをし、上部にはパイプを通す。瓶を火にかけると中で蒸発したアルコールがパイプに流れる、そこでパイプを冷やして、蒸発した液体を容器に収めるといった具合である。なかなか面白いシステムであった。

試飲させてもらうと思ったよりもすっきりとしていたが、エタノールのような感覚もあった。ちょっと悪酔いしそうな味なので、そうたくさん飲み続けないほうが賢明であろう。

2009年7月12日日曜日

日本人がプロデュースするNew屋台 in Mzimba

ムジンバの友人らが以前から企画していた“ムジンバに名産を作ろう!”という計画に、私も首都から飛び入り参加した。この企画の背景には、マラウイではどこにいっても屋台ではフライドポテトや肉が売られ、それも何件も同じ店が連なっていることや、ムジンバに名産がないことなどがある。そして今回の目的は、ムジンバで名産になるような新しい商品を考案し、しかもそれがマラウイ人に受け入れてもらえるかを実際に販売することで市場調査をしてしまおう。というものであった。

私がムジンバに到着した日の夜、今回実行する6人(1歳の赤ちゃん1人含む)で話し合いをし、以下の商品を販売することに決めた。
1. Nyama ya soya(おからを使った揚げスナックで“大豆の肉”という意味)
2. キャラメルポップコーン
3. ピリピリグランドナッツ(唐辛子味の落花生)
4. キャロット“マンダシ”(マラウイの揚げドーナッツ)
5. お好み焼き
6. 干し芋
7. 豆乳ミルクティー

私が提案したものは、4番である。グアテマラにいたときに人参を卸したものと人参の葉を刻んだものを加えたビタミンAの豊富な蒸しパンを作り、好評だったことと、以前友人が人参入りドーナツを食べさせてもらい美味しかったことからカラフルに仕上がるマンダシは受け入れられるだろうと考えた。値段は1つMK20(約15円)で、現在売られているシンプルなものと同じ大きさで価格を倍に設定した。

前日は、事前に袋詰めまでできるキャラメルポップコーンや唐辛子落花生を作ったり、大豆を煮出して豆乳を作ったり、マンダシの試作を作ったりと風呂にも入らず、夜の1時まで作業を行っていた(風呂に入らなかったのは、ただ昼の断水の影響で水道から泥水しか出ず、貯め水は作業用に回していたからである)。

当日は、バス発着所入り口にあるレンタルした屋台の前に9時集合!日本人が普段雇っているマラウイ人ふたりにも協力を仰ぎ、みなそれぞれの作業に取り掛かった。私も集合したと同時に着いた長距離バスの窓に向かって、ポップコーンと落花生の販売を開始した。半分は「アズング(外国人:主に白人)が何かやってるぞ」という興味本位で買ってくれたが、食べた後に感想を聞くと、甘いポップコーンが受け入れられない人も中にはいたが、大概の人が「美味しい」と評価してくれた。ちなみにポップコーンも通常売られている味なしのものと同じ量で2倍の価格(MK20)に設定した。

最終的に、一番好評だったものは、お好み焼き(塩味)である。なんと70枚以上も売れた。ボリュームがあり価格はフライドポテトと同じMK50だったので、いつもランチにフライドポテトを買う人が試したようであった。そして一番利益の出たものがNyama ya soya、しかしそれを作る過程でできる豆乳を使ったミルクティーが売れなかったので、豆乳を使った売れる商品が考案されれば、無駄なく利益の高いセットができあがることがわかった。

私の考案したマンダシは揚げるそばから売れていったものの、利益はまさかの“マイナス”。売れる大きさにすると数が取れず、途中で「やばい(*_*;」とレシピを変更した。合計3種類のマンダシを販売し、2種類目、3種類目と改善するにつれ、利益が上がり、ほっと一安心(-。-)。改善策は協力者のマラウイ人に教えてもらい、ベーキングパウダーをドライイーストに変えることで、発酵により体積を増やし、水の量も増やしてとろとろにし、手で形を作るのではなく、お玉で油の中に流しいれた。

この日の収益は一人当たりMK500。もし私たちが外国人でなかったら、売り上げは半分のMK250くらいであったと思われる。ちなみに政府の1日の最低賃金はMK200。商売の難しさを学んだと同時に、売れる商品をプロデュースすることへの手ごたえも得ることができ、とても面白い体験であった。

尚、得た収益は、今回の日本人の一人が活動するNGOでの活動資金として寄付した。

2009年7月10日金曜日

糖尿病講座in Mzimba

現在、多くの途上国が抱える健康・医療問題のひとつとして、感染症(マラリヤ・HIV等)や非感染症(栄養失調症等)が克服されぬうちに、慢性非感染症(糖尿病等)が急増していることが挙げられている(WHO:1992)。そしてここマラウイもどうやら例外ではないらしい。

今日は、ムジンバ市立病院でおこなわれた糖尿病講座に参加させてもらった。私の生活圏内には糖尿病を抱えているマラウイ人の知り合いはいないのだが、30名ほどの参加者に会い、やっぱりいるところにはいるんだなといった感想である。患者さんは採血による臨床検査を終えた後、講習会用の部屋を訪れる。そこで私は、身体測定とBMI(Body Mass Index)の測定をお手伝いさせてもらったが、BMI30以上の患者さんの多いこと。

採血のために朝食を抜かしている患者さんたちは、空腹で最後の人を待ちたくないらしく「早くはじめてくれ!」とブーイング。ある程度の人が集まったところで、私の友人らは糖尿病講座をはじめた。内容は、栄養士さんが食事を摂ることによる血糖値の変動システムについて説明し、作業療法士さんがインシュリンの効果を上げる運動についての説明をしていた。

一番患者さんの反応が多かったものは、隠れた砂糖の摂取に対する注意事項である。マラウイ人はコーラや砂糖がたっぷり入った紅茶、またはクッキーや揚げドーナツなどが大好きである。しかし糖尿病患者である彼らには、これらの大量摂取は問題となる。しかし、止められない彼らはすごい勢いであれならどうだ、これならどうだといった具合にどこまで自分が摂取できるのか、栄養士さんに質問攻めであった。参加者がこんなに積極的になる講習会は珍しいかもしれない。私は、食べることに対してだと、皆こんなに一生懸命になれるんだなと、変に感心してしまった(^_^;)

そして講習会の最後には、栄養士さんが用意した食事が提供される。主食は秤を使って適正量が配られる。本日のメニューは、ウガリシマ(搗精されていないとうもころしのシマ:米でいう玄米)、牛肉と豆の炒め煮、サラダ(通常マラウイ人は食さない)とどれも食物繊維が豊富で空腹である患者さんの急激な血糖値の上昇を抑え、満腹感が得られる内容であった(写真はあまったのを私がランチとしていただいたので、サラダが少なくなっている)。ちなみに提供された飲み物は“水”、重要である!

2009年7月9日木曜日

焼きとうもろこしの食文化

本日の私の昼食は、長距離バスの中から購入した焼きとうもろこし1本MK20(約15円)である。なぜ長距離バスかというと、昨日から夫が8日間の出張となり不在のため、首都から北へ4時間半の友人宅を訪問することにしたからである。夫の仕事中に遊びに行き、ごめんなさいm(_ _)m。といいたいところだが、私もただの遊びではないといいわけをしてしまおう。

今回の旅の目的は、明日友人らが開催する糖尿病講座に出席させてもらうことと、翌日は市場調査を兼ねて、私たち日本人がプロデュースする商品を屋台で販売することである。これらについては、次の機会に記述するとして、ここからは主題について話を進めていく。

さて、私はこれまで日本を含めて4カ国の焼きとうもろこしを食べてきた。日本はいうまでもないが、醤油をつけながら炭火で焼いたもの。他の国でも炭火で焼くが、グアテマラでは、最後にマヨネーズ、ケチャップ、チリソースがお好みで塗られる(これもハマルと癖になる)。そしてホンデュラスでは、最後にマーガリンを塗っていた。どの国のものもおいしくいただいたが、私の一番のお気に入りは、ここマラウイの素朴な焼きとうもろこしである。

説明すると、使用されるとうもころしは、主食に使われるとうもろこしの乾燥前のもので、日本でよく見られるスイートコーンとは異なり、甘みが少なく、硬めである。それをただ炭火で焼くだけがマラウイ風。まったく味付けをしないために、炭火の香ばしい匂いを純粋に楽しむことができる。そして硬いために、一生懸命に噛まなければいけないが、その噛む行程により口の中で甘味が増していくのを感じることができる。村を訪問したときにいただいたものは、皮をむかずにそのまま火に放り込んだものであった。取り出して、焦げた皮をむくと程よく焦げ目のついたホクホクの焼きとうもころしがかおをだす。小ぶりであったがとてもおいしかった。

最後に日本人向けの注意事項を伝えておく。おいしいからといって一度に2本も食べないほうがよい。2本食べようものなら途中でアゴが疲れてしまい、最後まで食べるのは難しいだろう。

2009年7月4日土曜日

有機農業 In Malawi


今日は、農業に興味のある人が集まったサークル、農業分科会が首都から1時間ほど離れた有機農場を見学するとのことなので夫と二人でおじゃまさせてもらった。ちなみにここの見学料はMK300、そしてここで採れた食材を使ったランチが+MK300で楽しむことができる(どのおかずもとても美味であった♪)。

そこは、マラウイ人の経営する農場としては、これまでみたことのないほどに整備され、農場というよりはひとつの“施設”のように感じられた。10haの土地には、20cmほどの灌漑が迷路のように張り巡らされており、水が隅々までいきわたるように計算されていた。なんでもこれを設計した創設者は、農業に関するドクターを持っている素晴らしい方だったらしい、その方が亡くなられた現在は、息子さんがりっぱに後を引き継いでいる。それが、毎年雨期を経験しているにも関わらず、復活するこの灌漑となっているのだろう。この深さも幅も最小限に抑えられた灌漑、少しずつ傾斜していなくては、すぐに水は違う方向に流れてしまいそうである。今回、見学が始まったと同時に水路が開けられ、少しずつ確実に進んでいく水に、私は何度も感動してしまった。

到着後、まず私たちは有機農法についての説明を受け、ランチの後に、2時間ほど歩きながら各農地の説明を受けた。途中、薬草やにんにくを潰して、水に溶かして使う農薬(主な効用は虫除け)の作り方から使用までの一連の流れをデモンストレーションしてもらった。写真はレタスと唐辛子にはたきの様なスティックを使って農薬を振りかけている様子である(彼の背後にはズッキーニ畑が広がっていた♪)。

 最後に今回心残りだったことは、見学後、「この有機野菜を買えないか」とたずねたところ、「畑に戻り、欲しい野菜を取りに行かないといけない」と言われたことである。徒歩2時間かけての見学で疲れていた上に、これからまた時間をかけてしまっては団体行動を乱すことになってしまうので諦めざるを得なかった。見学者に購入してもらう野菜を用意してないなんて、欲がないのか、マーケティング(宣伝も含めて)が足りないのか、日本では余り考えられないことで、「実に惜しい(>_<)!」の一言である。

2009年7月3日金曜日

マラウイエイズ学会(本題)


最近、厚生労働省が日本における昨年のHIV感染者と新たなAIDS患者が過去最高になったことを発表した。世界の国々がHIV/AIDS撲滅のためにがんばっている中、悲しいことに日本は感染者数が増加している数少ない国のひとつとなっている。

マラウイでは、どこの地域も盛んにHIV/AIDS撲滅に向けた啓蒙活動が行なわれている。その実績としては、15‐24歳(全体の50%がこの年齢の範囲)のHIV罹患率が2003年に18.3%だったものが、2007年に12.3%に減少したという報告がある。またART(Anti-Retroviral Treatment:抗レトロウイルス治療)を受けている15歳以上の患者が2003年に2,880名だったものが、2007年には108,948名まで増加している。

これらの実績に貢献してきた政府やNGOなどが、この学会の中で、これまでの活動紹介や調査の発表をしたと言えば、興味深い内容であったことを理解していただけると思う。私は、マラウイでボランティアをするまで栄養士としてHIV/AIDSの方たちと関わったことがなかったため、この学会は情報収集として大いに役立った。

また、発表後の質疑応答も熱心な視聴者により、面白かった。例えば、ひとりの発表者がTBA(Traditional Birth Attendants:伝統産婆さん)に母子感染予防の役割を担ってもらうための教育や教材の提供について活動報告を終えると、視聴者の中のクリニックスタッフの一人が「私たちは家庭でのお産から、クリニックでお産をするように促している(つまり、その活動は方針と反している)」と意見を述べたかと思うと、その発表者は、クリニックの受け入れ態勢が整っていないことの問題点、例えば部屋やベッドが不足し、廊下に地かに座って待たされている妊婦の現状等を指摘する。この様にいろいろな視点からの意見により、私は現状を知ることができた。

その他に私が気になったものは、政府の方針として、地域で選ばれたボランティアに家庭訪問をさせてその場でエイズ簡易検査を促す活動があった。これは、政府系クリニックで無料でエイズ簡易検査ができるにも関わらず、受診者数が増加しないことへの対策である。私はエイズの診断は、マラリヤや風邪の診断とは違いもっとセンシティブな問題であると考えるので、果たしてそのような重要な役割を地域のボランティアに担わせていいのだろうかと疑問に思ってしまった。このようなボランティアの役割については、ザンビアなどでも物議を醸し出しているとのことなので、もっと調べてみようと思った。

この2日間の学会は、HIV/AIDSの方たちのために栄養士として貢献できることは何か、これからも勉強していきたいという意欲が湧く機会となった。

マラウイエイズ学会(序)


7月2,3日の2日間、NAC(National AIDS Commission)主催の“National HIV and AIDS Research and Best Practices Dissemination Conference”に参加した。数日前に友人から連絡をもらい、新聞に掲載されていた連絡先に参加の申し込みをしたところ、担当者からは「参加は自由です。その代わり交通費やAllowance(手当て)がでません。」とのこと。先日ザンビアの栄養学会がUS$200だったように、日本でも学会というといくらかの参加費が掛かる。それが参加費“無料”というのだから、驚きだ!ましてや上述した費用がでないのは私としたら当たり前といいたい。しかし、これがマラウイ人の感覚なのである。

話がやや逸れてしまうが、マラウイでは講習会や研修会を開催する側が、Allowanceといういくらかの日当のような手当てや食事を用意する習慣がある。この習慣の導入はマラウイ政府によるものと思われ、政府は講習会等の名目でドナーなどから多くの予算を確保する。この国は公務員の基本給を低く設定して、能力向上等の目的で開催される会合に参加することで、低い給料を補わせているようにも思われる。そのため、能力向上が目的ではなく、給料を増やす目的で参加している者が多い現状があり、これが、人材育成を目的として活動している多くの日本人の悩みの種となっているのである。

この学会も例外ではない。Hotelの会場を貸しきり、パンフレットや文具品、1日2回のtea Break や豪勢なLunchが全て無料で提供され、こんなところで税金が思いっきり使われている現状を目の当たりにし、本題に入る前に思わず愚痴ってしまった。。。

最後にフォローさせてもらうと、この学会に関して言えば、税金の使い方が問題なのであって、学会の内容自体は満足のいくものであった。ということで、本題もみてね。