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2009年11月16日月曜日

ゴルフ合宿

今週、夫の同僚のゴルフ愛好家が任期を終えるため、週末に職場の同僚6人(当初7人の予定が仕事のトラブルで当日一人キャンセルに、残念(*_*; )で南部のブランタイヤ&リンベゴルフツアー2泊3日の旅に出かけた。

先ず、有給がとれた二人と私が金曜日の朝から出発!あいにく外気温が33℃を越えると冷房が効かなくなる車内は、サウナ状態であった(@_@;)この日は特に暑く最高37℃まで外気温が上がった。窓を開けても熱風である。

車の中でへとへとになったものの、皆ゴルフは別体力\(^o^)/到着するとすぐにゴルフ場に向かった。アップダウンが激しく、ウォーターハザードがやたらに多いこのゴルフ場、悪戦苦闘しながらの18ホール(9ホールを2回)であった。

夕食後、ホテルに戻って即行眠りについた一同は、翌日の土曜日、朝6時集合で再びゴルフ場に向かった。9ホールと程よい運動を終え、ホテルに戻り遅めの朝食をいただいた。その後、夫と私はのんびり午後まで休憩をしたのだが、前日からはりきっていた二人はショッピングとマッサージに出かけたのである。

午後、6人全員が揃ったところでゴルフ場へ。んっ!?前日から張り切っていた二人の様子がオカシイ。マッサージにより筋肉をほぐされてしまった二人は身体がトロけた状態で18ホールを回ったのである。お疲れ様ですm(_ _)m

最終日、ブランタイヤから車で15分ほどのところにあるリンベの町のゴルフ場に向かった。9ホールしかなく、しかも比較的平坦なコースである。ブランタイヤに比べると少し物足りなさを感じるものの、途中で町並みを見下ろすこともでき、景色を楽しみながらのゴルフであった。本日の優勝は昨日の午後から絶好調の夫がゲット、6位の方にランチをご馳走になっていた。


私は最終日5位であったが、2日目に初のバーディーをとり、9ホールの合計スコアーが52などなかなか調子のよい3日間であった♪それにしても、3日で63ホールは学生の合宿並みである。

教訓: マッサージは運動が終わった後にいきましょう!

2009年10月14日水曜日

Village Tour

友人との旅行2泊目は、リロングェから車で1時間半ほど離れたDedzaという陶器で有名な町に宿泊した。そして翌日、その町の近くで観光地活性化などに取り組む青年海外協力隊員の方々が支援するVillage Tour(in Mpalale Village)に申し込んだ。

首都のリロングェから近いこともあり、数名の日本人と合流することができたので、ツアー参加者は全員で12名と賑やかであった。まず、1時間ほど徒歩で村の家々を訪問し、住民の生活を垣間見ると、次に、このツアーのメインである伝統的なマラウイのダンスショーが始まった。

最初に青少年のダンス、次にお母さんたちのダンスがあり、どちらも結婚式の祝いの席で踊られるものであった。3つ目からは、この国独特のお面をかぶり、チテンジと呼ばれるプリント柄の布を使った衣裳を着て踊るダンスが続いた。お面は様々で、白人をイメージしたもの、ヒッピーをイメージしたもの、ゾンビをイメージしたものがあり、中でも有名なのが“Gulewankulu”というお葬式の際に踊られるダンスである。

こんなにま近で、しかも観光用なので写真やビデオを撮ることが可能であり、これが約1000円/人でお願いできるとは、とてもお得なツアーであった。

最後に、追加料金MK300(約250円)で昼食(ドリンク付き)まで頼むことができた。満足、満足♪

2009年10月13日火曜日

Liwonde National Park

今回は、友人が貴重な休みを使ってマラウイを訪問してくれたので、二人でサファリに向かった。ちなみこの友人、私が9年前にインドのカルカッタにあるマザーテレサの家でボランティアをしていたときに、数日間一緒に過ごした子である。旅の出会いっておもしろいなーとつくづく思う。

さて、取りあえず友人がマラウイに着いた翌朝、5時40分に家を出発し、長距離バスに乗り込んだ。このバスというのが曲者で、時刻表が存在せずに、満席になるまでひたすら待たなくてはならない。これがマラウイの旅で予定を立てる難しさである。一応、添乗員さんには私たちの目的地には11時頃には着けると確認をしたのだが、そんな約束は破るようにできているようなものだ。あっさり12時近くの到着となった。

出発して最初の2時間ほどは、記憶がないほど爆睡していた私であるが、10時頃からはずっとそわそわと落ち着きがなかった。なぜなら、11時半に目的地のシレ川(マラウイいち大きな川)からサファリまでの移動ボートを予約していたのである(片道45分US$40/人)。サファリロッジへは何度か電話を入れ、最終的に1時間ほど待ってもらうことができたので、無事到着することができた(-。-)y-ホッ。

そしてこの移動ボート!苦労して交渉した甲斐があったというもの。想像以上のスピード感で最高に気持ちがいいではないか♪おまけに、運転手さんがゾウやカバの群れを見つけたときは、きちんとスピードを落としてくれるので、目的地に着く前から私たち二人は興奮しっぱなしとなった。

到着後は遅い昼食をとり、少し休憩するとゲームサファリに出発である。団体客が来ていたが、私たちは個人の申し込みだったので、イギリス人のおば様方2人と4人だけで小さいオープンジープに乗り込んだ。このおば様方、かなりのサファリ通のようで、望遠鏡を片手に案内人のドライバーとはツーカーである。動物や鳥について詳しく、私たちがドライバーに聞いた質問も間にいたおば様の一人が答えてくれたりといった具合であった。

そうしておば様方のリクエストのゾウ探しに一生懸命であったドライバーとは逆に、途中のボートでゾウの群れに遭遇することができた私たちは少し余裕で全体を見学することができた(^v^)、18時頃にシレ川のほとりでビールで乾杯をし、すっかり日が暮れた後は、引き続きナイトサファリへ出発!

そこからは、助手席にじっと座っていた寡黙なおじちゃんの出番である(^_-)-☆なぜなら彼が強力なライトで照らした先以外は暗くて私たちは見ることが出来ないからである。さっきまで存在感のなかったおじちゃんが急にたくましい存在となった。彼の動かすライトに合わせで皆で右、左、ときっと外から眺めたら面白い光景だったのではないだろうか。そして私たちはウサギなどの小動物に出会うことができた。たまにモザンビークからライオンが紛れ込んでくるようではあるが、このナショナルパークにはどうやら肉食動物があまりいないようで、どの動物ものんびりと暮らしている。

同じマラウイという土地にゾウの群れやたくさんの動物たちが住んでことがとても不思議に感じられ、ビールの酔いと程よいジープの揺れ、そして空を見上げればたくさんの星を眺めることができ、その現実離れした心地のよい空間にどっぷりと浸ってしまった。ナイトサファリも最高!

翌朝、私たちは6時からのウォーキングサファリに参加し、またジープからとは違う視点でインパラやイノシシ?を見ることが出来た。私が印象に残ったのは、生まれて初めてみた蟻地獄の巣である。不思議な構造だ。

1時間ほど歩いてお腹が空いた頃に、朝食をとり、その後は2時間のボートサファリに移動した。ここからは朝、水を求めて集まって来たたくさんの動物たちを川から見ることができるのである。昨日、5mほどのワニに遭遇し、思わず叫んでワニを逃がしてしまった私たち二人は、案内人に朝から釘を刺され、なるべく叫ばないように気を付けた。その甲斐あってか、ゾウやカバ、ワニなどは、ボートとの距離が5mほどになっても私たちに動じることなく、のんびりしていた。

10時過ぎにサファリを終え、チェックアウトとなった。とても内容の濃い1泊2日のサファリツアー。1年で一番暑いこの時期は体力が必要となるが、乾季の終わりごろのためにブッシュ(草むら)が少なく、遠くまで見渡して動物を探すことができ、一押しである♪

2009年8月16日日曜日

Likoma Island-3日目-

睡眠不足でありながらも、寝ているのをもったいなく感じ 、朝“Kaya Mawa”の中をひとりお散歩、自分が見た景色をカメラに収めていた。本当にきれいなところである。朝食後も、最後まで楽しみたい私はさっさと着替えてぎりぎりまで泳いでいた。後ろ髪引かれまくりである。

そうして、あっという間に旅の終わりが近づき、最後は“魔のフライト1時間”で締めくくられた。

楽しい思い出をありがとうございましたm(_ _)m

2009年8月15日土曜日

Likoma Island-2日目-

早朝、細い棒で組み立てただけのLodgeの壁から入ってくる様々な昆虫の羽根音で目が覚める。すがすがしい目覚めとは程遠い(-_-;)。それでもドアを開け、目の前に広がる湖を見ると「あー気持ちい♪」と思いっきり伸びがしたくなる。

昨日道端で購入したバナナと小魚を朝食にし、今日から私たちは別世界へ行く!本日のお宿は、マラウイ高級ホテルのひとつ“Kaya Mawa”、これまで私が泊まったホテルの中でも一番高いリゾートコテージである。

“Kaya Mawa”とはマラウイの現地語でMaybe Tomorrowという意味。極力自然を活かした作りは、施工から5年を費やして完成した10の部屋とダイニングルーム、オフィスからなる。これらの建設は、オーナーが島の住民を雇い、ほぼ手作業で行なわれた。そして、そのオーナーはオープンしたこのコテージの従業員を全て工事に携わってきた島の住民にしたのである。すばらしいのは、10の点在するひとつひとつの部屋には鍵がないこと。彼らは「自分たちの中にはお客様の物を盗むものはいない」と自信をもって記述しているのである。このようなことは、深い信頼関係なくしてできることではない。

迎えのモーターボートに乗り、午前中に着いた私たちは早速水着に着替えて、海にダイブ\(^o^)/。マラウイ湖は日本の熱帯魚ファンにはたまらない珍しい品種の魚がいると以前日本にいる友人が教えてくれた。しかし、浜辺近くでシュノーケリングをしていた私には、今朝食べたであろう小魚にしか出会えなかった^_^;。それでも、最近めっきりと温かくなり、泳ぐには最高!夫は久々ヨットにも乗っていたが、どうやらヨットの調子が悪かったようで、すぐに引き返してきてしまった。残念、操作に慣れたら乗せてもらおうと思っていたのに。

昼食後も泳いだり、読書をしたり、昼寝したり、散歩にいったりとそれぞれ好きなことをして過ごした。夕食は好きな場所を指定でき、友人がダイニングルームから少し離れた静かな場所をアレンジしてくれた。シャンパンで乾杯をし、レバーパテ、アヒルのマッシュルームソースとおいしい食事に舌つづみ♪そして、ウエイターが「次のバースデーケーキが最後です」といい、去っていった。んっ!?そう、今日は私の○○歳の誕生日、友人らがサプライズで用意してくれていたのである。友人が「何でウエイター言っちゃうのー。」と言っていたけど、マラウイ人らしくて笑ってしまった。

食後は、部屋に戻り持ってきたワインで飲みなおし、夜中の2時まで皆で楽しくおしゃべりをした。最高の誕生日に乾杯-☆

2009年8月14日金曜日

Likoma Island-1日目-

国土の20%を占めるマラウイ湖には、モザンビークとの国境がある。リコマ島は、その湖のモザンビーク領の中に位置するが、なぜかこの島はマラウイ領となっている。金銭的にもアクセス的にも遠いリコマ島、マラウイ在住2年の間に行けるとは思ってもみなかったが、先月友人に軽く誘われてから、あれよあれよと言う間に7人参加の2泊3日の旅が決まった。

リロングェからはセスナをチャーターし、1時間で着いた。週に1便出ている船では丸1日かかってしまうのである。“セスナで1時間”なんといい響き♪しかし、現実は数名が飛行機酔いとの戦いとなった(@_@;)

1日目は1泊US$10の安宿である。当然出迎えなどはない。おまけにこの島にはタクシーもない。飛行機酔いが抜けきってない状態で、ヒッチハイクをした荷台の後ろに揺られ、その後、各自荷物を持って徒歩15分、やっと到着。丁度昼に着いた私たちはまずのどの渇きを癒そうと定番グリーン(マラウイで一番消費されているビール)を注文した。が、まさかの品切れ!夕飯までには間に合うと言われちょっとがっかり(>_<)そしてランチは思いっきり魚を食べるぞ!と意気込んだものの、「魚メニューは無い」と目の前の湖を見ながら従業員が言うではないか。怒った日本人7人、さあ、これからどうなる。

気を取り直して、サンドイッチ、スパゲティ、ピザを食べ、その後は自由行動となった。私は、保健関連の職種の友人2人とこの島に唯一ある病院を訪問した。片道徒歩45分、いい運動である。そしてラッキーなことに病院の隣には、マラウイいち大きな教会があり、そこも見学した。再びラッキーなことに見学終了後、タイミングよくパトカーが通ったので、ヒッチハイクをしてすんなり帰ることができた(途中ビールを見つけて寄り道をしてしまったが)。

夫はスイミング、他のメンバーは読書や地元の子どもと遊んだりとそれぞれ楽しんだようである。シャワーを浴びた後、団欒をしていると夕食の知らせがきた。メニューはなんとびっくり“フィッシュカレー”、選択肢はビーフか野菜かといわれたのに、従業員の皆さん、頑張ってくださいました(ToT)/~~~みな、感動しながらいただいた。その後も団欒は続き、10時の消灯後は、ランプを受け取り星をみたりと島らしく、のんびり過ごしたのであった。

写真は1日目の宿、サバイバルでしょ!?

2009年7月20日月曜日

Nkhotakotaの旅

久々の夫の休日、しかも3連休♪ということで、夫とふたりで旅をした。場所は、リロングェから車で4時間ほどのコタコタ、湖畔に面したリゾート地である。宿を前日に決めるなど、情報収集をあまりせずに当日を迎えてしまったため、行ってからその広さに気づく羽目となった(+o+)。今回の主な訪問場所であるコタコタのPottery(陶器製作所)とゴルフ場は、車で1時間以上も離れていたのである。

コタコタまでの道はカーブが多く、しかも丘を上ったり、下ったりの繰り返し。安全のためにゆっくりとドライブし、音楽や広大な景色を楽しんだ。道中の景色は、高い建物や木々が少なく視界がとても開けている。丘の上にたどり着いたときは、360度空を眺めることができ、とても気持ちがいい(~o~)

さて、そんなわけで1日目。あいにくの曇り空ではあったが、取りあえずハーフだけでも、とゴルフをした。このゴルフ場(Kasasa Club)、9ホールしかないものの、リロングェよりもグリーンが青々としており、バンカーもサラサラの砂地である。それが、たったの9ホールMK200(約150円)である。しかもキャディーフィーがなく、キャディーさんへのチップのみ。どうやって維持管理をしているのか不思議だ。ここは世界一安いゴルフ場ではないだろうか。

そして、その日の夕方にPottery Lodgeに戻った。部屋の数メートル先は、もう湖である。風が強く、海と同じような波の音を聞きながら、気持ちよく眠りにつくことができた☆☆☆

2日目、遅い朝食の後、陶器の絵付けをした。まず、好きな陶器を選ぶ。夫はミルク入れ、私はバター容器を選んだ。まず、Greaseという白い液に陶器を浸して乾かす。次に好きな色を選択し、絵付けスタートである。一度塗ってしまうと修正が利かないので、一発勝負!なかなか頭で描くようには筆が動いてくれない。そういえば、筆を手に持つのはどのくらいぶりだろうか。。。思い出せもしない(-_-)

できあがった作品は、翌日に直接受け取るか、リロングェの契約店などで受け取る(有料)ことができる。私たちは、翌日の昼に受け取ることにし、2日目の宿、Kasasa Clubに戻った。

さて、最終日。起きたらもう目の前はゴルフ場\(^o^)/すばらしい!昔、友人らとスキー場のゲレンデ内の宿に泊まったことを思い出した。今日は18ホール分を回った。丘が多く良い運動である。そして一昨日はわからなかったが、湖が遠くに広がっていた。ここはまさにリゾート地!湖から吹く風が強く、ボールのコントロールは難しいが、気持ちよくPlayできた。

帰路は、途中で私たちの作品を取りにいたり、道で野菜や焼きとうもころしを買ったりしながら、無事我が家に到着。楽しい3日間であった♪

2009年6月10日水曜日

感動の再会!

私は生まれも育ちも神奈川県の小田原市。
当然小田原市には愛着があるわけだが、そんな私が日本から遠く離れたここマラウイで今日、感動の再会を果たした。それは、私が中学時代にお世話になっていた車である。

私の中学は構内に給食施設がなく、そのため私たちの給食は、小田原市給食センターから毎日ワゴン車で運ばれてきていた。そのワゴン車が、現在ミニバス(乗り合いバス)としてマラウイで活躍していたのである。

最初の偶然の出会いは1年以上前にマラウイの首都から車で5時間ほど南へ向かったブランタイヤに夫と旅行にいったときである。そのときは運転する車の中から発見したため、あっという間にすれ違ってしまい、引き返して探すことができなかった。でもそのことがずっと心残りだったので、今回南部に出かけた帰りにブランタイヤで1泊することにした。

そして今朝、バス発着所で目的のミニバス探しをしていた。通勤時間であったため、アリの行列のようにミニバスが入ってきては、去りと繰り返す中、私はひたすら立ってきょろきょろしていた。親切なミニバスのドライバーたちが「どこへ行くんだ」と何度も聞いてくる。「私はバスを探しているんだ」というと当然、「どこへ行くんだ?」と繰り返す、皆が私の元から去ってくれないので、本当の理由を説明すると時間のあるドライバーが「一緒に探そう」といって特徴や以前見かけた場所、なぜ探したいのか等次から次へと質問してくる。そんなやり取りを繰り返しながら、私は(マラウイで一番栄えているこのブランタイヤでひとつの車を1日で探すのはちょっと無理があったかな)なんて、半ばあきらめながらもマラウイアンとのやりとりを楽しんでいた。

それが探索を始めてから45分程度たったとき、遠くから“小田原給食センター”と大きく書かれたバスが近づいてくるではないか。私は「あれだ!」と叫ぶと同時に走った。それまで一緒に話していたマラウイアンも後から追いかけてくる。私は興奮しながら“小田原市給食センター”のワゴン車を運転するドライバーに「お願い、少しでいいから止まって。この車は私が子どもの頃に日本でお世話になっていた車なの。お願い、お願い。」といい、追いかけてくれたマラウイアンに写真を撮ってくれるように頼んだ。当然、行列を止めたわけだから、後ろのミニバスからも「なんだ、なんだ」と顔をだしてくる。私は集まった人たちに「今日、私はとってハッピーなの」と伝えるとある人から「顔を見ればわかるよ」といわれてしまった。それだけ、興奮してしまった感動の再会であった(*^。^*)

2009年6月5日金曜日

いってきましたZambiaPart2(学会編)!

待ちに待ったこの日が来た。当初3日間の予定の学会が5日ほど前に2日間に変更との連絡を受け、本当に開催されるか当日まで誰もが疑っていた。しかし、とうとう開催されたのである。(国内参加者の3倍の参加費を払った私は、開催日数の変更に参加費が反映されず、少し悲しかったが、、。)



1日目
Session1は保健省の理事を筆頭に開催の挨拶であった。ティータイム後のSession2ではマラウイの栄養とエイズ省の省長であるDr. Mary Shawaが食糧と栄養に関するアフリカの現状を説明し、次にマラウイでの経験とアジェンダについて話されていた。彼女は政府や各援助機関、NGOが同じ問題に対してバラバラに取り組むのではなく、ともに協力し合うことの重要性を唱えていた。これはまさに現在、国際開発のなかで“援助協調”として取り組まれていることであり、私にとって大変興味深かった。残念ながら私の聞き落としか、今後始まるということなのか、具体的内容については不明であった。

昼食後は展示ブースを見学し、その後は会場が“食糧栄養政策”と“栄養と健康”という2テーマに分かれていたので、私は後者の会場に参加した。


2日目
Session1は都合により逃すものの、Session2ではDr.Drinahのザンビアの栄養素摂取量の推奨量(RDAs)についての研究が発表された。次に、Ministry of Education の方からパイロット校での栄養授業の取り組みが紹介され、充実した教科書に感心した。午後、すべての発表が終わった後は、分野ごとにワークショップが行なわれた。英語の苦手な私は、人前で意見を言うことができずに、残念ながら聞き手に徹した。

ザンビアには修士や博士が取れる栄養士養成校がなく、上を目指す人はマラウイなどで学ぶようであるが、栄養士の配置や乳幼児の栄養摂取策など政府の取り組み自体はマラウイよりもしっかりしているように感じられた。また、学会という非日常の場であるからか、ザンビア栄養士の方たちのプロ意識も高い。学会期間中、マラウイの栄養部門のトップであるDr. Mary Shawaに「私はマラウイで栄養士としてボランティアをしているが、マラウイでも将来このような学会が開催され、栄養士たちが情報を共有する機会ができたら嬉しい。」と伝えたところ、彼女ももちろん同意してくれた。初めての海外での学会の参加は、その発表内容に疑問があるのか、自分の理解不足により疑問が発生しているのか等、得られた情報があやふやで自分の考えをうまく構築することが難しかったが、ザンビアの現状が知れ、栄養士の知り合いが増え、良い機会だったと思う。

もう一度、ザンビアに行くことを許してくれた夫と夫の職場の上司に感謝!

2009年6月1日月曜日

いってきましたZambiaPart2(道中編)!

前回のザンビア旅行の本来の目的であったザンビア食糧栄養学会(National Food and Nutrition Symposium)に参加するために、再びザンビアを訪れた。しかし、今回は飛行機で2時間というわけにはいかず(さすがに1ヶ月に1度のペースで海外旅行は厳しい。なんと航空運賃は陸路の10倍!)、栄養士の友人と陸路にてザンビアの首都Lusakaを目指した。

27日の朝5時半にマラウイの首都を出発し、7時20分、国境に到着した。ここまでの道のりはドライバーに依頼し、マイカーを使用したので楽勝である。そして国境のイミグレーションもガランとしており、あっさり通過。しかし、ここから先は長距離バスのバス停がある最初の町までタクシーをひろわなければならない。

そこで、国境で声をかけてきた両替商にMK(マラウイクワッチャ)をZK(ザンビアクワッチャ)に両替してもらった。事前に入手したレートは、MK1=ZK30ということであったので、言い値の×26から×28まであげてなんとか交渉成立。しかし、桁数の多いZKを利用し、悪巧みをしようとする両替商に私たちはうまく踊らされてしまった。

彼らは、最初に1桁少ない額を渡してきたので、それを指摘すると7枚渡したはずのお札を5枚返してきてチャラにしようとしたり、お釣りがないからとZKを少し多く渡してきて、計算式を変えて足りないMKを要求してきたり、私たちの頭を混乱させた。なんとか私は最初の交渉額を受け取ったのだが、よく見ると友人のお金が足りない、、。「あっ」と思ったときには、彼女の交渉した両替商が姿を消していた。私は自分が交渉した両替商に「仲間なんだからあなたが払って」といったが彼は白を切るし、私たちが交渉した場所が国境ギリギリのザンビア側だったため(これも彼らの手口のひとつと思われる)、一番近くにいたマラウイ警察官に相談しても「何もできない」といわれた。悔しいのでもう一度、私の両替商のところに行き少し脅してみた。デジカメを取り出し「とりあえずあなたの顔写真を撮っておく。」と言ったところ、彼はそれを拒み「OK、半分僕が負担するから、それで勘弁してよ」といって被害額の半分を彼女に渡した。「ん、、?」「ちょっと待ったーっ!なんであんたが被害額を知ってるのよ!」と友人がすかさず反応。両替商が自分からしっぽをだしてくれたおかげで、彼から無事被害額を返金してもらった。ふー(-。-)y

次のタクシー乗車は、声を掛けてきたドライバーに事前に入手した相場ZK50,000-前後を目安に、ZK45,000-で交渉成立、20分後にバス停に到着。と思ったら大型バスがバス停から去ろうとしているではないか!これを逃したら1-2時間は軽く待たされる。私たちは叫んでバスを止め、急いで飛び乗った。再び、ふー(-。-)y

そうして、一番の難関と思われていた長距離バスも無事に出発し(乗客が満員近くにならないと突然そのバスの出発がキャンセルになることもあるとか)、自分たちの幸運を喜んだのも、つかの間、添乗員が乗車賃の回収にきて思わずびっくり!私たちはレートの悪い国境での両替を少しにして、乗車前にバス停で両替をしようと計画したためにZKの手持ちが余りにも少なかった。友人は乗車賃のZK115,000を何とか払えたのだが、私はZK90,000しか持っていなかったのである。私はレートを計算してUS$21で支払えるか相談したのだが、添乗員はドル払いならUS$30だという。そんなわけがない。そんなの彼のポケットマネーになるのは目に見えており、あの手この手で交渉していたところ、乗車の確認ポイントになったらしく、新たに添乗員マネージャーが乗車してきた。乗客の切符を確認している彼に私が事情を説明すると、彼は「今回は荷物代のZK15,000を割引してあげるから、友人に返金するZK15,000のうちZK10,000をあなたが借りて、今自分が持っているZK90,000と一緒に支払しなさい。」といってくれたではないか。交渉してみるものだ。それにより無事切符も手にして一件落着。またまた、ふー(-。-)y

順調に進むバスの中で私たちは、当初の予定では夕方18時にルサカに着くと思っていたけど、このバスに乗れたおかげで16時には着きそうだと期待し始めていた。出発から1時間後、「ガツンッ!キキー」衝撃音とともに車体が大きく横揺れし、停車した。車体が揺れた瞬間、乗客から「神様!」という叫び声が聞こえ、バスが止まった後も私の心臓はバクバクしていた。なんと飛び出してきた自転車に乗った男性をそのバスがはねてしまったのである。生まれて初めての経験に心臓がバクバクしっぱなしだ。乗客が次から次におり始め、男性の元に向かった。私の目に意識のある男性が見えたため、少し動揺が収まったが、彼はどうやら足を骨折したらしい。バスに彼を寝かして次の町の警察と病院に向かった。そこでは、ドライバーが2時間半も警察に連れて行かれてしまったため、乗客はバスで待機となった(そんなバカな)。」

ザンビア人は待つことなどお手のものなのか、添乗員とともに待機の姿勢に入った。皆好き勝手に食糧を入手したり、トイレに行ったり、近くの者は乗り合いタクシーで去っていった。お金のない私たちは一房20円ばかりのバナナも我慢し、これからどうなるのかと不安であった。しかーし!停車してから1時間後、私たちのもとに救世主が現れた。友人が話しかけ仲良くなったインド人がUS$をZKにとても良いレート(私が先月使った銀行レートを採用、後に今月より良かったことが判明)で交換してくれ、その後に携帯電話も無料で貸してくれた。彼のおかげで私たちは、ルサカで待つ他の栄養士の友人にスムーズに会うことができた(彼とは偶然帰りのバスも一緒。彼はこの旅の救世主にまちがいない!)。

待機中に購入したバナナやオレンジ、ジュースを少しずつ消費し、夜の19時半、バスに乗車してから11時間半後、家を出発してから14時間後、無事友人の待つルサカに到着。いつ着くかわからなかったバスをルサカで待ち続けてくれた友人の笑顔が天使のように感じられた瞬間である。尚且つ彼女は、お腹を空かせた私たちをマラウイにはない“しゃぶしゃぶ食べ放題”に連れて行ってくれたのである。七転び八起き。人生いろいろあるけど、最後はしあわせが待っている(^_^)v

2009年5月5日火曜日

いってきましたZambia!

夫と二人で4泊5日のZambiaの旅に行ってきました。本来の旅の目的は事情により変更となり、今回は世界三大瀑布のひとつ“ビクトリアの滝”を訪ねました。ザンベジ川の中流にあるこの滝は、3月~4月の雨期を終えた今が最も水量が多いのです。

「観光するとき、上から下まで全て濡れるよ」と事前に情報を入手していた私たちはホテルで水着に着替え、いざ出発。入り口付近で霧が立ち込める道を見て、「歩いているうちに全部しめっちゃうのかもね」とのん気なことを言っていたのもつかの間、中間にさしかかった辺りにある橋では、どしゃぶりのスコール状態でした。通り過ぎる方たち数名に「You are right! (水着で正解だね)」としきりに言われたのが印象的でした。この滝の水量をいったい誰が想像できたでしょう。多くの人が普段着でびしょぬれ、中にはブリーフ1枚になってしまった人もいました(一応カッパのレンタルも有ります )

悲しいことにビニールで守っていたはずの一眼レフカメラがその後動かなくなってしまったので、前日のMicro Light(ハングライダーの翼にエンジンと座席をくっつけたような乗り物)に乗ったときの空からのビクトリアホールをお見せしたいと思います。

空からの景色もまた素晴らしいでしょ。でも、やっぱりお勧めは、この滝の水を肌で味わうことですね。